yama1931’s blog

長編小説とエッセイ集です。小説は、明治から昭和の終戦時まで、寒村の医療に生涯をささげた萩市(山口県)出身の村医師・緒方惟芳と彼を取り巻く人たちの生き様を実際の資料とフィクションを交えながら書き上げたものです。エッセイは、不定期に少しずつアップしていきます。感想をいただけるとありがたいです。【キーワード】「日露戦争」「看護兵」「軍隊手帳」 「陸軍看護兵」「看護兵」「軍隊手帳」「硫黄島」※ご感想や質問等は次のメールアドレスへお寄せください。yama1931taka@yahoo.co.jp

挽歌

挽歌

 

 

昨日(きのう)まで語りし妻の姿消え 無常ということひしと感ぜり       1

 

無常とは誰もが口にするけれど 容易に実感し難きことぞ

 

絶対に言葉を交わすことなきを 死の現実と知るぞ悲しき

 

寝たきりにならずに逝ける妻なれば これも良きかと独り慰む         

 

これからは独り暮らしの身となれり 余命いくばく無事願うのみ

    

青春も学びの道も投げ捨てて 来たりし妻のまごころ憶う

 

赤々と色づきにけるミニトマト 小さき苗を妻と植えにし

 

次々と青き胡瓜のみのれるも 妻亡き今は他人(ひと)に配れり

 

亡き妻の好物なりと知れる友 巨大な西瓜抱(いだ)き供えり

 

在りし日に妻の姿を求むれば 庭に黙して草を除(のぞ)けり

 

雨上がり日の照る下で黙々と 草取る妻は永久(とは)に旅立つ        10

 

若くして逝きしわが母あの世から 良き女性(ひと)選びてわれにもたらす

 

みどり児のわれを残して逝ける母 妻を選ぶも母の願いか

 

われをおきて妻早々と旅立ちぬ 逆を思えばこれも良きかと

 

大動脈解離(かいり)となりて此の世をば 妻旅立ちぬ死顔美し

 

死ぬまでは学び心を忘れじと 妻の残せしメモの数々

 

高校の授業に数段優れりと ネットを知りて妻の語らう

 

数独にのめりこんだる妻なれば 我が叱(しつ)言(げん)も馬耳東風か

 

後悔は先に立たずと今更に 妻を亡くして知るぞ悲しき

 

世の中に得難き女性(ひと)と思うとき わが人生は幸(さいわい)なりき

 

唐突に妻は逝けども今はただ 清(さや)けき心持ちたきものぞ       20

 

真夜中の異常に思う長電話 妻の日記の最後に記せり

 

真夜中にかかりし友の長電話 妻の急死の一因ならん

 

数多く妻の写真は残れども 孫抱きたる笑顔美し

 

何時何処で何故如何にかは分からねど 死は必然事南無阿弥陀仏

 

降り止まぬ田圃の道を傘さして 仏の花を買いて帰りぬ

 

安らかに眠るが如き亡き妻の つめたき額(ひたい)わが手に残る

 

洗濯機くるくる回る音を背に 一人侘しき朝の食卓

 

食事後の楽しき語らい今はなく ただ黙々と食ベ終らんか

 

真夏日に度重なりしお供えの 生ものだけは処置に困りぬ

 

エアコンの音喧しと亡き妻は 音と暑さに日夜耐えたり        30

 

浄土では音も暑さも感ぜずに 楽しき日々を送りてあらん 

 

夜中まで妻の向かいし木机に われ座り居て同じ書を読む

 

知らぬまに妻の買いたる歴史書を 興味覚えて開いて読まん

 

亡き妻は一人の作家に決めたれば 脇目もふらず読みふけりたり

数独に夢中になりて時の経つ ことも忘れて遅寝遅起き

 

数独に疲れ果てたか床に入り 日高くなりてやっと目覚めり

 

余りにも非常識なる長電話 妻の友から夜かかり来る

 

相手のみ一方的に責められず おしゃべり好むは女の性(さが)か

 

朝起きてああ疲れたと妻の言う また電話かとわれ思うなり

 

スマホにてかける電話は無料とか 友との語らい妻喜びぬ      40

 

良き友に恵まれたるか妻逝きて 弔(とむら)う客の多きに思う

 

父の弟子その子の作りし萩茶碗 わが亡き妻へと供え給へり

 

嫁に来て始めて習う茶法をば 妻受け継ぎて師範となれり 

 

妻逝きて思いもかけぬ遠くより 詣りし友に深く謝すなり

 

万葉集さりげなくしてひもとけば 妻を悼みし人麿の歌

 

仏教の伝わる前の人麿は 亡き妻偲びて山中を行く

 

御仏の教えの何と有難き 浄土の妻は安らぎてあらん

 

食卓に作りし料理並べても 箸持つものはわれ一人なり

 

独り身になりたる上は何事も わが方寸(ほうすん)の赴くがまま

 

死ぬるなら先に逝くこと望まんか これも定めか致し方なし       50

 

人は皆いずれは死ぬと知れるのに 後先言うは愚かなりけり

 

二十五で我を産みたるその年に 死せる実母の数倍生けり

 

若くして我を残して逝きし母 その心中は無限に悲し

 

白内障手術終えたる喜びを 本読むことに妻見出しぬ

 

白内障手術終えたる証なり 妻の文庫の何時しか増える

 

文庫本手軽に読むと妻の言う われは苦手だ小さき活字

 

漱石と鴎外だけは読まねばと 全集揃えて書架に並べる

 

妻の言う内容少しも変わらぬに 高い全集わざわざ買うと

 

死せずして真(ま)幸(さき)くあれば夜遅く 本読む妻の姿ありなん

 

日本海天気晴朗波高し この思い出の日妻の命日 (5月27日)     60

 

日本海夕焼け雲の海浜(かいひん)を 妻と歩きし今懐かしき

 

沙穴の蟹を見つめる妻の傍(そば) 二人の子等は波と戯(たわむ)る

 

砂浜も護岸工事で消え失せて 白砂遠浅見る影もなし

 

妻逝きて晩飯一人食べ終えて 夕暮れ空は暮れなんとす

 

もう少し生きてくれたら良かったと 空しき繰り言今日も言うなり

 

孤独なる言葉の真意つかみても 妻亡き後は空しかりけり

 

妻逝きてあらゆることが空しきと 思う心を変えんと思う

 

亡き妻によく来て呉れたという言葉 遺影見る毎心に思う

 

勘違い結婚なりと妻は言う 我は黙して聞き流すのみ

 

結婚を申し込んだるその時は 妻の快諾夢かと思う          70

 

痛みから解き放たれたと思うとき 妻逝きたるの嘆き和らぐ

 

亡き妻に語りかけても返事なし 短き一生如何に思へり

 

天満(てんまん)の句碑の前にて坐りたる 妻のほほえみ真(まこと)の姿

 

天満の薫の句碑を前にして ほほえみ浮かぶ妻の面影

 

天満の句碑をしばしば訪れし 妻を思いてまた訪れん

 

天満(あまみつ)る薫をここに梅の華 この句を妻は孫に教えり

 

天神を深く信じたわが祖先 梅華の句碑をここに据え置く

 

天満宮妻と参りし度毎に 梅華の句碑を見ざることなし

 

天満る薫の句碑の傍らの 梅の花びらほのかに染まる

 

曾祖父が天満の句を作りしは 夢に天神現れたとき      80 

 

妻逝きて『歎異抄』なる本読めば 暁の空ほのかに明けり

 

図書館で大活字本借りだして 『私の歎異抄』有難く読む

 

残されて一人になりてすることは 掃除洗濯調理に読書

 

妻逝きて残り少なきこの命 清く正しく生きんと思う

 

亡き妻は幼き子等を見る度に にっこり笑みて言葉かけたり

 

亡き母の見えざる力働いて わが結婚は出来たと思う

 

何一つ良き印象も与えぬに 妻わが下によく来てくれた

 

世の中のあらゆる事は自力より 他力に負うとつくづく思う

 

御仏の無限のあわれみ心をば 大悲だとも本願とも言う

   

今の世は市場原理の名のもとで 自己責任を負わされるなり

 

妻逝きて 恥ずかしき生き方は 心に誓ってすまじと思う

 

呆けもせず人の世話にもならずして 眠るが如く死にたきものぞ

  

真夜中に二階の階段這い上り 腰の痛みを妻訴える

  

小学校上がった頃から痛みあり 母に心配かけたと妻の言う

 

足湯やら電気治療を施して 痛み和らぎ眠気催す

 

     

 

 

雑歌(ぞうか)又は戯れ歌

 

 

いたずらに五七五と並べても まともな歌は果たしてありや      1

 

妻逝きて心に浮かぶ歌多し 並(な)べて駄作と知れど留め置く

 

永遠と思えるものを永遠に 求める者を菩薩と言えり

 

永遠のいのちに我等生かされし これを他力と知ること難し 

 

妻逝きてまねて作りし手料理を 独りさびしく食べる日々かな

 

亡き妻の手料理まねて朝夕に 今日も作れり広きキッチン

 

朝起きて夜寝るまでの時間帯 自由気ままな時の流れか

 

何気なくはずし置きたる眼鏡をば 妻亡き今は一人で探す          

 

やることのあれこれあると思へども 無理と怠惰はすまじきことぞ

 

老いの日々怠惰にならず無理もせず 無事に過ごさん死の来たるまで  10

 

硫黄島華と散りたる従兄(じゅうけい)の 面影今も心に浮かぶ

 

硫黄島華と散りにし従兄の やさしき心今に伝へん

 

硫黄島眠れる御霊(みたま)安かれと 島影近く飛ぶ鳥哀し

 

何事もなきが如くに海鳥の 島をかすめて飛ぶぞ哀しき 

 

守備兵の未だ帰らぬ硫黄島 海鳥一羽かすめ飛び去る

 

呆けたる老病人の多きかな 病院・施設に入りて驚く

 

朝起きてパンを探せど見当たらぬ 車の中に放置したまま

 

朝起きて先ず為すことはエアコンの 数値設定二十五度

 

幾種もの野菜を炒め卵焼き 胡瓜(きゅうり)膾(なます)で三品調う

 

朝取りし胡瓜スライス塩揉みし 米酢に干しエビ加えて食べぬ

 

湯を沸かし珈琲淹(い)れてパンを焼き 作りし料理で朝の食卓

 

八時から三種の料理作り終え 時計を見れば九時を過ぎたり

 

一秒の百分の一速かれと 競うてみても空しく思う

 

競争は人の持ちたる性(さが)なれば 悪しき顕れ戦い止まず         30

 

ギリシャにてせめてこの間戦(いくさ)をば 止めて行うオリンピック

 

オリンピアその精神を引き継ぐも 今も止まざる冷たき戦

 

オリンピックボイコットせんと隣国の 反日思想止むことぞなき

 

お供えの梨をおろして食すれば 味も全くなしのがしがし

 

秋野菜三種の種を蒔きたれど 発芽したのは一種のみなり

 

人生は無駄なことのみ多かりき 種まき一つ見ても明らか

 

権兵衛が蒔いた種をばカラスがつつく 発芽しただけ良しと思えり

 

先祖よりお茶を嗜み来たために 抹茶だけは常に欠かさじ 

 

萩焼の茶碗で点(た)てし抹茶をば 作法通りに慎みて喫む

 

来客があれば必ず抹茶をば 出す習わしを今も伝えん       40

 

真夏日に冷えた抹茶を差し出せば 甘露なりとて客の喜ぶ

 

人は皆ピンピンコロリを願えども 願い叶うは稀なることぞ

 

世の中に悲惨な言葉多くあり 生ける屍・褥(じょく)瘡(そう)などと

 

病床で言葉話せず身動き出来ず ただ息しても永らうべきか

 

己が身を客観的に見ることが 出来て初めて一人前か

 

あおられてその上暴力振るわれし テレビの画面止むことのなき

 

犯人が逮捕されたの報道に 後は厳罰望むだけなり

 

盆過ぎて狂ったような真夏日も 一日ごとに遠ざかりゆく

 

朝早く起きて本読む時だけは 老いたる頭多少真面(まとも)か

 

大学で学びし沙翁の作品を 何年振りにか原書繙(ひもと)く

 

中世の英語で書かれしチョサーの 授業は記憶にありあり残る   50

 

男女間怪しき箇所を先生は 飛ばして訳す慎ましきかな

 

大学で中世英語を習いしも 高校にては役立たぬなり

 

今直ぐに役立たずとも教養を 身につけるこそ学問の道

 

六地蔵日に一回は参らんと 妻亡き後に心に決めん

 

炎天下小さき蟻の歩みにも 命の姿ありありと見る

 

六地蔵供えし菓子に群がれる 小さき蟻の動き止まざる

 

左右より歩みよりたる蟻二匹 言葉交わすか瞬時止(とど)まる

 

朝起きて先ずエアコンと掃除機の 二つの機器を作動さすなり

 

その昔さて休むぞと蚊帳の中 うちわ片手にそろり入るなり

 

蚊帳うちわ扇風機さえ忘れ去り エアコンなければ生きていかれぬ   60

 

畑庭朝の水やり一仕事 汗ばむ身体にシャワー浴びたり

 

知らぬ間に蚊に刺されたるむき出しの 腕の各所がポット赤らむ

 

芥川賞をもらえし作品の 受賞の真意何処(いずこ)にあるや

 

雑用と多くの人は言うけれど 成すべき用を雑にするだけ

 

世の中に雑用という用はなし 用を雑にし雑用生ず

 

念ずれば花咲くなりの念の文字 今の心と知らましものぞ

 

人格は自ら考え行動し その責任を取る主体なり

 

白内障絶対ならぬと言われても 拡大鏡はいつも手元に  

 

鴎外の全集読めば大活字 視力弱まる今有難き

 

変えられぬものは静かに受け容れて 変えうるものに強く立ち向け

 

口一つ耳が二つあることは 相手の言葉二倍聞くこと       70

 

愛の反対憎しみと多くの人は思へども 無関心こそその答えなりなり

 

一般に面倒見よき妻(さい)死なば 残りし夫(つま)は慌てふためく

 

甲子園今日の決勝近ければ 奥川投手間近に見たし

 

星稜の奥川投手の笑顔こそ 野球健児の華と讃えん

 

御仏前開いて見れば中身なし 他山の石と老いの身思う

 

結婚は世にも不思議な事なりき 知らざる者と一生送る

 

真夏日に何はさておき冷や水は 喉を潤す甘露なりけり

 

夏野菜最期に残りしトマトをば 根引き抜きて後何植えん

 

良くできたトマトに胡瓜ピーマンは 一人暮らしに持てあますなり

 

食事終え後片付けをしたときに ピーッと促す洗濯機かな     80

 

日に数度眼鏡の置き場忘れたり 呆けの証拠と自嘲するなり

 

妻逝きて仏の教え学ばんと 暗きに起きて読書するなり

 

孔夫子の教えたるのは人の道 釈尊説きしは仏の道か

 

自らの心をすてて他力のみ たのみまいらす人もありけり

 

人はみな迷いの心断ち切れず ただ天運に任すのみなり

 

他力にと教えられたる正道(せいどう)を 歩める人は幸せなり

 

御仏のわれに示せる道なりと 信じて進む人は幸せ

 

人はみな無心になれというけれど 無我の境地はさらにその奥

 

人はみな多少なりとも我執あり これを除けば無我に達せん

 

人間が人間であるかぎり 我執を捨てるは難き事なり

 

朝早く雑草除きシャワー浴び 裸身のままで食事するなり        90

 

最近は前の開かぬパンツあり 知らずに買って返されもせず

 

立小便これも今や死語なるか 男も便器に座して用足す

 

亡き妻の清き心に比ぶれば わが心根は未だ澄まざる

 

清水に魚住まずと人の言う 俗世に染まる者の言い訳

 

清純な心を死ぬまで保つこと 仏の力に頼る他(ほか)なし

 

世の人は金さえあればと言うけれど 真の生き甲斐外に求めん

 

パチンコや株に現(うつつ)を抜かす者 金儲けのみ頭にありや

 

生きるとはただ一回のことなれば 徒(あだ)疎(おろそ)かに過ごすべからず

 

亡き人を想いて善事を実践す これぞ真(まこと)の追善供養

 

処暑を過ぎ秋風にわかに吹きくれば 亡き妻想いそぞろに淋し     100

 

出版と決めた「奇跡のゲートル」を 涙をもって読み返すなり

 

亡き妻が愚かな事と止めおきし 拙稿ここに世に問いてみん

 

父も子も医は仁術の道を行く 人と生まれて尊くぞあり

 

わが伯父は息引き取りし間際まで 矜持の心保ちたるなり

 

わが孫の「笑瑠」と名づけしその意図は 笑う宝となれとの願      110

 

ペルシャの詩人は歌いたり)

何処(いずち)よりまた何故(なにゆえ)と知らでこの世に生まれ来て

荒野を過ぐる風の如(ごと)行方(ゆくえ)も知らで逝(ゆ)くわれか

 

不可知論生ある限り楽しめと ペルシャの詩人は歌いたるなり

 

年古(ふ)りて命の葉をば振り落とし 古木となりていつか倒れん

 

寿命とは命の続く間なり 短くあれど寿(ことほ)ぐ命

 

草木にも寿命あるぞと思うとき 彼らの命大切にせん

 

悲しみを心の底に秘めおきて 笑みを浮かべし大和撫子

 

テレビにて喜怒哀楽を姦(かしま)しく 朝から晩まで叫ぶタレント  

 

孫娘山本笑瑠と書いたとき 名前の中で山笑うなり

 

終戦後届いた骨壺見てみれば 骨の代わりに白木の位牌

 

硫黄島玉砕せりと送られし 白木の位牌骨壺の中

 

骨でなく白木の位牌見て思う 遺体はきっと洞穴の中