yama1931’s blog

長編小説とエッセイ集です。小説は、明治から昭和の終戦時まで、寒村の医療に生涯をささげた萩市(山口県)出身の村医師・緒方惟芳と彼を取り巻く人たちの生き様を実際の資料とフィクションを交えながら書き上げたものです。エッセイは、不定期に少しずつアップしていきます。感想をいただけるとありがたいです。【キーワード】「日露戦争」「看護兵」「軍隊手帳」 「陸軍看護兵」「看護兵」「軍隊手帳」「硫黄島」        ※ご感想や質問等は次のメールアドレスへお寄せください。yama1931taka@yahoo.co.jp

寒日偶感

                

 正月末からの風邪はほぼ治った感じである。夜中に目が覚め時計を見ると二時過ぎ。階下のトイレへ行く。昨晩とろろ汁掛け飯を丼一杯食べた。水分を多く撮ったので夜中に目が覚めたのであろう。もう一休みと思い寝床に入る。

 

 またしばらくしてトイレへ行きたくなる。時計の針は四時半を指しているので思い切って起きる。昨日から読み始めた『青春の激情と挫折 森鴎外」』を開く。これは森鴎外評伝第一巻で、鷗外が陸軍軍医としてドイツへ留学した時の事が『独逸日記』を参考に書いてある。私はこの本をこれで四回読むことになる。筆者は吉野俊彦という元日銀の幹部職員で、彼は帰宅後日銀の業務関係の仕事を夜中まで行い、それから鷗外の研究に没頭するのが楽しみだと述べている。

 

そうして出来たのがこの本で、全部で六巻ある。鷗外が陸軍というサラリーマン生活の傍ら、帰宅後夜中に起きて執筆や翻訳に専念したことに共感し、同じような道を選んだと著者は云っている。彼は「愛敬」という言葉で鷗外を讃えている。

 

吉野氏はこの鷗外の評伝より前に『森鴎外私論・正続』二巻を昭和四十七年に発刊している。私はこれを従弟に頼んで東京の古本屋から手に入れた。そして早速読み始めたことを覚えている。「昭和五十五年一月七日夜十時読了 窓外寒し」と巻末に記している。また平成七年四月八日朝 再度読了」と並べて記している。

 

今回はこの『森鴎外私論』ではなくて、上記六巻を読むことにした。なぜこれを読む気になったかと云うと、私は吉野氏同様鷗外の生き方に共感を覚えるからである。しかし私の場合ただ読むだけである。本の内容については他日記す機会もあろう。

 

一時間ばかり読んで階下に降りて洗濯物を纏めて洗濯機に放り込みスイッチを入れる。それから食洗機の中の食器類を食器棚に片付ける。こうして気分転換の後、また机に向う。今度は昨日県立図書館で借りてきた五木寛之の『新老人の思想』という文庫本を読む。

 

後期高齢者世代には、三つの難関が待ちかまえている。

一つは病気である。八十歳になったら、八つの病気を持っていると覚悟すべきだといわれる。

二つ目は介護をうけるという問題だ。人はどこかで体が不自由になり、他人の介護を必要とするようになる。

三つ目は経済的保障である。年金があるから大丈夫だろう、と安心していいのだろうか。子供や孫がいるから心配しない、という甘えも通用するかどうか。

 

五木氏はこのようなことも書いている。彼は私と同年齢だから今は八十五歳。

 

私は現在八十一歳である。堂々たる老人だが、今後の道のりはきびしい。現在、八

十五歳以降の老人の三分の一ちかくが認知症になる傾向があるという。九十代ではおよそ六割、百歳だと九割以上が認知症になるそうだからおそろしい。つまり長寿の先は、とんでもない世界が待ち受けていることを覚悟しなければならないのである。

 

 私はこの本を読んで生きることの意味を改めて考えた。昔は人生五十年で五十歳を過ぎれば老人、七十歳はそれこそ古来稀の年齢だった。しかし今は違う。老老介護という言葉は無かった。延命治療、透析、人工呼吸、胃瘻などみな新しい言葉である。これを思うと如何に老後を過ごし、死を迎えるかは切実な問題である。

 

五木氏の云っていることに合点はしたが、少し読み飽きたので、久しぶりに硯箱をとりだし、墨を静かに擦りはじめた。実は先日の『毎日新聞』に李白の詩「峨眉山月歌」の書が載っていた。この詩は以前詩吟を少し習った時覚えたもので、それを思い出し、またこの詩を書いた書家の丹羽海鶴(1864-19311)の筆勢が見事だったので、色紙に書いて見ようと思った迄である。

 

眉山月半輪秋

影入平羗江水流

夜発清渓向三峡

思君不見下渝州

 

この詩は『唐詩選』にも載っている。「思君」の「君」は、表面は月をさしているけれども、何か作者の胸に忘れえぬ面影があったのではないか、と注にあるが、前途に夢を抱いた李白の旅立ち、長江を下るときの景況を述べた詩と云うことで、鷗外も若き日欧州への旅立ちにあたり、似た感慨を胸にしたのではなかろうか。

 

書き終えて階下に降り、硯と筆を洗い、硯箱に仕舞うと、朝食までの一仕事を終えた気持ちになる。家内は今日町内婦人会の仕事があるといって八時前に起きてきた。                       

                       平成二十九年二月八日記