2018-12-23から1日間の記事一覧
(一) 満州の曠野では、看護兵といえども毎日が死と隣り合わせであった。九死に一生を得て帰還した惟芳は、今は銃声も聞こえず弾雨も飛び交うことのない内地で、平穏な朝を迎えることができた。東西南北どちらを向いても雲一つない清々しい明治四十年の元旦…
(一) 明治四十四年の暑い夏も終わり、せわしく鳴いていた蝉の聲もいつしか弱まり、日中暑熱に耐えていた庭木も秋風に生気を取り戻してさやかに揺れていた。 惟芳は下宿の五右衛門風呂に身を沈め、時の早い移ろいを感じながら、独り閑かに思いに耽るのであ…